最高裁判所第一小法廷 昭和40年(オ)1348号 判決 1967年4月27日
上告人
島田滝光
右訴訟代理人
斎藤兼也
被上告人
村越左近
右訴訟代理人
矢島惣平
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人斎藤兼也の上告理由第一点について。
所論は、要するに、民法九二一条一号本文により相続人が単純承認をしたものとみなされるがためには、相続財産の全部または一部の処分という客観的事実が存すれば足り、相続人が自己のために相続が開始したことを知つてその処分をしたことは必要でないというにある。
しかしながら、民法九二一条一号本文が相続財産の処分行為であつた事実をもつて当然に相続の単純承認があつたものとみなしている主たる理由は、本来、かかる行為は相続人が単純承認をしない限りしてはならないところであるから、これにより黙示の単純承認があるものと推認しうるのみならず、第三者から見ても単純承認があつたと信ずるのが当然であると認められることにある(大正九年一二月一七日大審院判決、民録二六輯二〇三四頁参照)。したがつて、たとえ相続人が相続財産を処分したとしても、いまだ相続開始の事実を知らなかつたときは、相続人に単純承認の意思があつたものと認めるに由ないから、右の規定により単純承認を擬制することは許されないわけであつて、この規定が適用されるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら相続財産を処分したか、または、少なくとも相続人が被相続人の死亡した事実を確実に予想しながらあえてその処分をしたことを要するものと解しなければならない。
本件につき原審の確定したところによれば、被上告人およびその家族は、訴外村越忠の死体が発見されて昭和三四年一二月七日に至つて初めて忠が死亡したことを知つたものであり、しかも、それ以前に被上告人が忠の死亡を確実に予想していたものとは認められないというのである。してみれば、後になつて忠が昭和三四年七月三〇日頃の家出当夜自殺死亡していたことが確認されたからといつて、忠の相続人である被上告人が、忠の家出後その行方不明中に、忠の所有財産の一部である判示動産を処分したとしても、民法九二一条一号による単純承認擬制の効力を生じないとした原審の見解が正当であることは、前段の説示に照らして明らかである。したがつて、原判決に所論の違法はなく、これと異なる見解に立つて原判決を非難する論旨は採用することができない。
同第二点について。
原判決が、被上告人が判示の事情のもとに訴外忠の家出後それまでみずからも従事していた左官業を会社組織にするために有限会社村越工作所を設立し、同会社をして忠の所有にかかる所論各物件を使用させたことは、被上告人が相続の開始を知つた以前の行為であるから、民法九二一条一号本文にいわゆる相続財産の処分に当たらないと判断していることは、その判示に照らして窺いえないものではなく、右の判断の正当なことは、上告論旨第一点につき説示したところによつて明らかであり、また、被上告人が忠の死亡を知つた以後において同会社に所論各物件の使用を許容していたことは、民法九二一条一号但書所定の保存行為の範囲を超えるものでないとする原審の判断も、正当なものとして是認することができる。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)